この記事を読むとわかること
過敏性腸症候群(IBS)は、慢性的な腹痛やお腹の張り、下痢、便秘といった便通異常が続き、生活の質(QOL)が低下する病気です。 近年、少しずつ認知が広がってきましたが、依然として正しい診断や治療を受けていない方が多くいます。 ここでは、IBSの症状や原因、診断方法、治療法について、江戸川区にある「アンカークリニック船堀南」の消化器内科専門医が解説します。
2. 過敏性腸症候群(IBS)とは?
過敏性腸症候群(IBS: Irritable Bowel Syndrome)は、腸に明らかな異常がないにもかかわらず、腹痛や便通異常などの症状が長期間続く病気です。 便通異常には、下痢だけが続く場合、便秘だけが続く場合、下痢と便秘を繰り返す場合があり、これらに加えておならが多くなったり、お腹が張ったりするといった症状が見られることもあります。 過敏性腸症候群(IBS)は、ストレスや食生活の影響を受けやすいのが特徴で、仕事や日常生活のストレス、食事内容によって症状が悪化することが知られています。たとえば、子供の頃に学校行事の朝に下痢をしていた経験がある方は、IBSの可能性があります。不安や緊張、環境の変化といったストレスがきっかけで症状が現れることが多く、体質と思われがちですが、適切な治療によって改善が期待できる病気です。
IBSを疑う症状
以下の症状が数カ月以上続く場合、IBSの可能性があります。 ・下腹部痛や腹部の違和感(排便で軽減することが多い) ・便秘や下痢、またはその両方を繰り返す ・おならが多い、またはお腹が張る ・排便後もスッキリしない感じがある過敏性腸症候群(IBS)の原因とは?
過敏性腸症候群(IBS)の原因は完全には解明されていませんが、以下の要因が関与していると考えられています。
1. ストレスと心理的要因
精神的ストレスにより腸の運動機能や感受性が変化し、IBSの症状を引き起こすことがあります。2. 腸内細菌叢(腸内フローラ)の乱れ
腸内細菌叢(腸内フローラ)とは腸に常在している細菌の種類・バランスのことで、個々人で異なります。そのバランスが崩れるとIBSの発症リスクが高まる可能性が指摘されています。3. 腸の運動機能異常
腸の蠕動運動が過剰または低下することで、下痢や便秘などのIBSの症状が引き起こされることがあります。4. 内臓知覚過敏
腸の神経が過敏になり、通常では感じない程度の腸の動きやガスによる刺激を痛みとして認識することがあります。この内臓知覚過敏が、IBSの症状に関与しているとされています。5. 遺伝的要因
家族内でIBSの発症が多いことから、遺伝的要因も関与している可能性があります。6. 先行する感染性腸炎
感染性腸炎の後にIBSを発症するケースがあり、これを感染後IBS(post-infectious IBS)と呼びます。感染性腸炎の約10%で発症すると報告されています。 引用:Halvorson HA. Postinfectious irritable bowel syndrome: a meta-analysis. Am J Gastroenterol 2006; 101: 1894-1899 原因はひとつとは限りません。これらの要因が複合的に作用し、IBSの発症や症状の程度に影響を及ぼすと考えられています。過敏性腸症候群(IBS)の診断方法
IBSの診断は「器質的疾患を除外する」ことが基本です。器質的疾患とは、臓器や組織に目に見える異常(炎症・腫瘍・潰瘍など)がある疾患のことです。つまり、IBSと診断するためには、IBSと似たような症状を起こす大腸がんや炎症性腸疾患といった病気を見逃さないことが重要です。 IBSの診断には以下の Rome IV基準 を用います。 「最近3ヶ月間のうち、少なくとも週1回以上の頻度で腹痛が起こり、以下の(1)~(3)のうち2つ以上を満たす」 (1)排便と腹痛や腹部膨満などの症状が関連する (2)排便頻度が症状に伴って変化する (3)便の様子(見た目)が変化する これらの条件を満たし、かつ器質的疾患を除外できた場合にIBSと診断されます。器質的疾患の除外のため、血液検査、便潜血検査、腹部X線検査、大腸内視鏡検査などを必要に応じて実施します。 過敏性腸症候群は、近年一般的に広く知られる疾患となりました。 ストレスが大きく関与することが理解されてきたため、心療内科で治療を受けている方もいるでしょう。 治療が速やかに効果を示している場合は問題ありませんが、なかなか改善しない場合には注意が必要です。その背後に他の病気や器質的疾患が隠れている可能性があるため、上記の検査が行える消化器内科を一度受診することをおすすめします。
過敏性腸症候群(IBS)の治療法・治し方
IBSの治療は、患者さんごとの症状や病型(下痢型、便秘型、混合型など)に応じて、多角的にアプローチします。以下に主な治療法をまとめています。
1. 生活習慣・食事指導
・適度な運動: ウォーキングやヨガ、エアロビクスといった適度な運動がIBS症状を改善させることが報告されています。 ・規則正しい食生活: 1日3食を規則的に摂取し、暴飲暴食や夜間の大食を避けることが推奨されます。 ・水分摂取: 十分な水分摂取が重要です。下痢型では水分が失われて脱水となりやすく、便秘型では水分が少ないと便が固くなり症状の悪化につながります。 ・刺激物の制限: 脂質、カフェイン、香辛料の摂取は症状を悪化させる可能性があります。特に香辛料はその摂取頻度とIBSの罹患率の関連が報告されています。 引用:Esmaillzadeh A, et al. Consumption of spicy foods and the prevalence of irritable bowel syndrome. World J Gastroenterol 2013; 19: 6465-6471 ・低FODMAP食: 欧米で提唱され、近年日本でも認知が広がっている食事法です。 FODMAPとは、消化の過程で腸内にガスが発生しやすい発酵性の糖類を指します。 これらの糖類が腸内で発酵すると、お腹の張りやガス溜まりなど、過敏性腸症候群(IBS)の症状を引き起こす原因となることが知られています。 詳細については、「過敏性腸症候群におすすめの食事と避けたほうがよい食事、FODMAP食について 」で詳しく解説します。2. 薬物療法
以下のような内服薬を用いて治療を行います。 ・消化管運動機能調節薬(トリメブチンマレイン酸塩): 腸の運動を整える薬で、下痢型、便秘型のいずれにも使用する薬剤です。 ・プロバイオティクス(「ビオスリー®」、「ミヤBM®」など): いわゆる整腸剤です。ビフィズス菌や乳酸菌などのいわゆる善玉菌の製剤で、腸内環境の改善を図ります。 ・高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム「ポリフル®」「コロネル®」): 水分を吸収し便の水分バランスを調整する薬で、下痢型、便秘型どちらのタイプにも使用します。 ・5-HT3拮抗薬(ラモセトロン塩酸塩「イリボー®」): 下痢型IBSに対して、腸の運動異常を改善する薬です。 ・便秘症治療薬(酸化マグネシウム、PEG「モビコール®」、ルビプロストン「アミティーザ®」、リナクロチド「リンゼス®」、エロビキシバット「グーフィス®」など): 便秘型IBSに使用します。これらのほかに刺激性下剤を頓服として使用することもあります。 ・抗コリン薬(ブチルスコポラミン「ブスコパン®」、チキジウム「チアトン®」): 腸の蠕動を鎮める効果があり、腹痛を和らげる薬です。 ・抗うつ薬・抗不安薬: 上記薬でも症状に改善が得られず、ストレスや不安が症状に関与している場合に使用します。 ・漢方薬: 下痢や腹痛の改善には桂枝加芍薬湯、便秘型には大建中湯などが広く用いられています。 3. 心理療法
薬物療法のみで症状の改善が得られない場合に、並行して行います。 ・認知行動療法: ストレスや心理的要因が症状に影響する場合に有効とされています。心療内科を受診してもらうことが多いです過敏性腸症候群(IBS)におすすめの食事と避けたほうがよい食事、FODMAP食について
FODMAPとは、腸で発酵しやすい糖類の総称であり、これらの糖類の頭文字を取って名付けられた言葉です。FODMAPを多く含む食品を摂取すると、IBS症状が悪化することが報告されています。また、先述のように脂質を多く含む食品、カフェイン類、香辛料はIBS症状を引き起こすことが知られています。そのため、FODMAPを多く含む食品の摂取を減らす食事法は、IBS症状の軽減に有効とされています。
高FODMAP食がIBSに及ぼす影響
1) 腸内の浸透圧が上昇する。 FODMAPは小腸で吸収されにくく、腸管内に水分を引き込みやすい性質を持っています。これにより、下痢や腹痛を引き起こすことがあります。 2) 腸内細菌による過剰発酵で腸内にガスが溜まる。 吸収されなかったFODMAPは大腸に到達し、腸内細菌によって発酵されます。その結果、ガス(メタン・水素)が発生し、膨満感や腹痛を引き起こすことがあります。 3) 腸の運動異常が誘発される。 腸内の浸透圧の変化やガスの発生が腸の運動(蠕動運動)に影響を与え、下痢型・便秘型のIBSの症状を悪化させることがあります。 以下に代表的な高FODMAP食品、低FODMAP食品を示します。高FODMAP食 | 低FODMAP食 | |
---|---|---|
穀物 | 小麦(パン、パスタ、うどん、ラーメン) | 米(もち、ビーフン、フォー)、十割そば |
いも類 | さつまいも、里いも | じゃがいも、こんにゃく |
野菜 | たまねぎ、にら、長ネギ、にんにく、アスパラガス、ごぼう | トマト、ナス、白菜、にんじん、大根、かぼちゃ、ほうれん草、もやし、ピーマンなど |
くだもの | スイカ、桃、りんご、梨、グレープフルーツ、柿、マンゴー | いちご、みかん、レモン、キウイフルーツ、ぶどう |
きのこ | きのこ類全般 | - |
豆 | 大豆、納豆、絹ごし豆腐、アーモンド、ピスタチオなど | 木綿豆腐 |
肉・魚・卵 | ソーセージ、ハムなど加工肉 | 豚肉、鶏肉、牛肉、魚、卵 |
乳製品 | 牛乳、オリゴ糖入りヨーグルト、生クリーム、プロセスチーズ、クリームチーズ | バター、カマンベールチーズ、パルメザンチーズ、モッツァレラチーズ |
油脂、調味料など | トマトケチャップ、はちみつ、オリゴ糖、人工甘味料、果糖ぶどう糖液糖 | オリーブオイル、マヨネーズ、メープルシロップ、マスタード、オイスターソース、味噌、ピーナッツバター |
菓子、飲料など | スナック菓子、洋菓子、あんこ、ウーロン茶、プリン、アイスクリーム、ミルクチョコレート、ガム、キャンディ | ポップコーン、せんべい、緑茶、紅茶、コーヒー(1杯/日まで)、ココア、アーモンドミルク |
過敏性腸症候群(IBS)への低FODMAP食の進め方
完全な低FODMAP食を長期間続けると必要な栄養素が十分に摂取できない可能性があります。そのため、以下のように段階的に実施します。目的はどの食品が症状を悪化させているのかを明確にすることです。
1). 3週間、高FODMAP食品を避ける。 これにより症状が改善すれば、FODMAPが原因である可能性が考えられます。逆に症状が改善しない場合は、FODMAPが原因でない可能性があるので元の食事に戻します 2). 1週間ごとに、糖類毎に高FODMAP食品を再開し、どの糖類が原因か確認する ・ガラクトオリゴ糖(大豆、アーモンド、カシューナッツ) ・フルクタン(ニンニク、玉ねぎ、小麦) ・ラクトース(乳製品) ・フルクトース(果糖)(アスパラガス、はちみつ、マンゴー) ・ポリオール類(きのこ、さつまいも) これらの食品を順番に3日間、決まった時間に摂取し、便の性状や症状の変化を確認します。症状が出た場合、その食品の摂取を中止し、症状が落ち着くまで待ちます。 3). 個人に最適化した食事を取り入れる。 2. の過程で特定された原因の糖類を除く、個別に最適化した食事を摂ることで、IBSの症状をコントロールします。まとめ
過敏性腸症候群は、症状が強いと生活の質(QOL)を著しく低下させる疾患です。多くの薬や治療法が存在しますが、万人に効果のある特効薬は未だ存在しません。患者さんごとに症状を改善できる治療法が異なるところが、過敏性腸症候群の治療の難しい点です。 ・薬がとても効いたためすぐに治療が終了し、薬が不要になる患者さん ・いくつかの薬や治療方法を組み合わせて症状が改善しても、治療をやめると再燃する患者さん ・治療前よりは明らかに症状が良くなっているものの、完全には症状が消えない患者さん このように、治療の効果の出方も多種多様です。そのため患者さんごとに治療の目標を設定し、継続的に治療に取り組んでいくことが重要です。 ・過敏性腸症候群だろうと言われたが、上記のような治療を受けていない ・薬を処方されたが良くならなかった ・下痢や便秘、腹痛の原因が分からず悩んでいる このような場合には、一度消化器内科を受診して専門医の診察を受けることをお勧めします。