アニサキスとは?
アニサキスは寄生虫(線虫)の一種です。魚やイカなどに寄生している太さ1-2mm、長さ2-3cmほどの白い糸のような生き物ですが、我々が目にするそれらのサイズのアニサキスは実は幼虫です。アニサキスの成虫は、クジラやアザラシなどの海産哺乳類の胃腸の中にいます。ちなみに成虫は幼虫の10倍くらいの大きさです。 成虫の産んだ卵がクジラなどの糞に混じって海に出ていき、海中で孵化して幼虫となります。小さな幼虫をオキアミ(釣り餌にもなる小さなエビのような生物)が捕食し、そのオキアミをアジ、サバ、イカなどが食べることでそれらの海産物に寄生します。さらに感染したアジ、サバなどをクジラやアザラシなどが食べ、体内で成虫となります。こういった具合で海の生き物の中を循環しています(食物連鎖といいます)。 アニサキスは生きた生物の内臓に寄生していますが、寄生している生物(宿主)が死亡して時間がたつと内蔵から移動して筋肉(魚の身)に入り込んでいきます。刺身にいるアニサキスは魚の腸を貫いてやってきたものなのです。
アニサキスが寄生する魚介類
アニサキスが寄生する魚介類として、サバ、アジ、サケ(鮭)、イワシなどが有名ですが、それ以外にも海産魚介類の多くでアニサキスが寄生する可能性があります。実際、これまでに約150種類の魚介類で寄生が確認されています。スーパーや市場で売っているサンマ、カツオ、イカ、タラ、ホッケ、ブリ、ヒラメ、マグロなどの天然ものはアニサキスがいる可能性を考えなければなりません。 これまでの話の通り、アニサキスは海で産まれ、専ら海の生物間を移っていますので、イワナやニジマスなどの純淡水魚には寄生していません。アユやウナギは一生の一時期を海水で過ごす回遊魚ですので、アニサキスが寄生している可能性はあります。 一方、養殖魚にアニサキスがいる可能性はかなり低くなります。最も有名な養殖魚はサーモンです。日本では一般に養殖の鮭をサーモン、天然の鮭を紅鮭や秋鮭などと呼びます。海外産のサーモン(ノルウェーサーモンなど)は日本において90%が生で空輸されますが、アニサキスの感染例は報告されていませんので、生のサーモンは安全とされます。 養殖魚は、育てる稚魚がどこから来たか、餌、養殖場などの条件によってアニサキスがいるかどうかがかわります。 <稚魚の条件>
天然種苗 | 自然の海から獲ってきた稚魚のことをいいます。自然の海で育った期間があるので、アニサキスがいる可能性があります。 例)ブリ、サバ、クロマグロ |
---|---|
人工種苗 | 養殖や漁獲した親魚を人工で育て、そこから生まれた稚魚です。いわゆる完全養殖で、卵から育てる方法です。アニサキスがいる可能性は限りなく低くなります。 例)タイ、サバ、クロマグロ |
<餌の条件> 養殖魚の餌は加熱か冷凍されている事がほとんどで、仮に餌の中にアニサキスがいたとしても死滅しているため、アニサキスが寄生することはありません。 <養殖場の条件>
陸上養殖 | プールのような場所。海とは隔離されている。 |
---|---|
海上養殖 | 自然の海の中の生け簀。 |
海上養殖では自然の海の魚などが網の間から入り込むことがあります。その魚にアニサキスがいて、それを養殖魚が食べて寄生される可能性を考えてしまいますが、養殖魚が効率よく育つように餌を与えているので、自然の魚を食べることは少ないようです。
アニサキス感染の症状は?食べて何時間後に症状が出るの?
アニサキス感染症にはアニサキス症とアニサキスアレルギーがあります。また、アニサキス症は感染部位によって、胃アニサキス症、腸アニサキス症、腸管外アニサキス症にわかれます。潜伏期間もそれぞれ異なります。 <胃アニサキス症> (当院の症例です) 症状から劇症型胃アニサキス症と緩和型胃アニサキス症に分けられます。劇症型は、生の魚介類を食べてから数時間後に、激しい胃痛(みぞおちあたりが痛くなります)悪心(吐き気)、嘔吐などが現れます。その一方で、緩和型は、健康診断などで偶然発見される無症状のアニサキス症です。 アニサキス症は、アニサキスが胃の壁に刺入して発症するため噛みつかれて痛いと思いがちですが、実際にはアニサキスに対する強いアレルギー反応によって症状がでています。アレルギーは、一度どこかのタイミングで原因にさらされた後(抗原感作といいます)、2回目以降にその原因が再び体内に入ると免疫反応が起きて発生します。劇症型アニサキス症は2回目以降の感染のため、激しいアレルギー反応が起きて症状を引き起こします。一方、緩和型アニサキス症は初めてアニサキスに感染した初回感染で、抗原感作をまだ受けていないので弱い反応にとどまります。そのため軽症か無症状です。 胃アニサキス症の診断と治療は胃カメラで行います。実際に胃壁に刺入しているアニサキス虫体を確認することで診断がつき、そのまま胃カメラで除去することが最も有効な治療です。治療後ほどなくして痛みはなくなります。胃カメラが受けられない場合でも、数日~1週間程度でアニサキスは死滅し自然と症状がなくなることが多いです。 その他の治療の可能性として、症状が強いときにステロイド内服薬が症状の改善に有効であったという報告があります。また、正露丸が有効であったとの論文報告もあります。通常の使用量の正露丸を水に溶かしたところにアニサキスを入れると、30分程度ですべてのアニサキスが動きを止め、24時間後には死滅したというものです。1施設の実験報告ですので、生体内で同じように効果が出るかどうかは検証されていませんが、有用なのかもしれません。 <腸アニサキス症> アニサキスが胃を通過してその先の腸(十二指腸、小腸、大腸)に到達し、そこに刺入して症状をおこした場合は、腸アニサキス症となります。その中で頻度が最も高いのは小腸アニサキス症です。魚介類摂取後数時間から数日して発症し、腹痛、悪心、嘔吐などを生じます。炎症によって腹水がたまった場合には、腹部膨満感を感じることもあります。 胃アニサキス症と同様に、アレルギー機序によって腸に炎症をおこし、ひどい場合には腸閉塞や腸に穴が空く(腸穿孔)ような事も、稀ですが報告されています。 通常の胃カメラ、内視鏡ではアニサキスの刺入部に到達できないため、鎮痛薬などで対処するか、食事が摂れない場合には点滴、入院で腸管安静を行うなどの保存治療を行います。腸穿孔に至った場合には緊急手術を行う場合があります。 <腸管外アニサキス症> アニサキスが胃や腸などの腸管の壁を貫いて、腸管の外に出たことで起こります。とても痛そうですが、腸管を貫いたときに痛みを感じることはないとされています。腸の外に出てそのまま死んでしまったアニサキスには、我々の体が異物に対して反応し、虫体を覆うようにして肉芽腫という塊ができます。 肉芽腫が原因で腸閉塞となり、腸閉塞の手術をした結果、腸管外アニサキス症が判明することがあります。あるいは無症状で何らかの検査をした際に偶然腫瘍がみつかり、手術をしたら腫瘍は肉芽腫で、実は原因が腸管外アニサキス症であったというようなことも報告されています。 <アニサキスアレルギー> アニサキスを含んだ魚介類を食べたあと、全身の蕁麻疹や、人によっては腹痛や呼吸困難など重篤なアレルギー(アナフィラキシー)を起こす病気です。以前から魚アレルギーといわれていた人の一部はこのアニサキスアレルギーなのではないかといわれています。 症状は食べてから数時間以内に出てきます。アニサキスの中のタンパク質が原因になるため、アニサキスが入っていれば、加熱や加工で死滅していてもアレルギー症状が出てしまいます。アニサキスアレルギーがある人は、海産魚介類を完全に除いた食事を摂る必要があります。治療は抗アレルギー薬の投与や、アナフィラキシーの場合にはエピネフリンの注射など、他の食物アレルギーと同様です。
アニサキスの予防方法、調理や魚の捌き方・取り扱い方
生きているアニサキスの感染予防には、 ①天然の海産魚介類を食べない ②加熱する(70℃以上で加熱、または60℃で1分) ③冷凍する(-20℃以下で24時間以上) ④目で見て除去する ⑤生きた魚、生きたまま氷漬けにして保存した魚を捌いてすぐに内蔵と内臓まわりの身を取り除く といった方法があります。 ①天然の海産魚介類を食べない 養殖の魚や、淡水魚を食べることでそもそもアニサキスがいない食事にする方法です。アニサキスアレルギーの予防はこの方法しかありません。 ②③加熱する、冷凍する 60℃で1分以上加熱、-20℃以下で24時間以上冷凍、の処理を行えばアニサキスは死滅しますので、アニサキス症を防ぐことができます。 ④目で見て除去する 目視できたものは除去できますが、見えないところに残っている可能性はあります。アニサキスライト、ブラックライトなどを当てると目視ではわからなかったアニサキスをみつけることができます。 ⑤生きた魚、生きたまま氷漬けにして保存した魚を捌いてすぐに内蔵と内臓まわりの身を取り除く 氷漬けにするとアニサキスが活動しなくなることを利用して、アニサキスが内蔵から魚の身に移る前にそれを除く方法です。 ①②③に比べると④⑤の予防効果は劣ります。なお、醤油や酢、わさびなどではアニサキスは死滅せず、これらに予防効果はありません。しめ鯖でも天然のサバを使用したものであればアニサキスに感染する可能性があります。
まとめ
寿司や刺身など、日本では他国と比べても魚介類を好んで生食する習慣があり、アニサキス感染症の患者さんは多くみられます。アンカークリニック船堀南では、胃カメラ検査でアニサキスを検出した場合にはその場で除去します。急な症状の患者さんで必要があれば可能な限り緊急内視鏡検査も行っています。魚介類を食べたあとから胃痛や吐き気、蕁麻疹が出たなど気になる症状があれば、いつでもご連絡下さい。